四、雨降って地固まる

 隊長が不在ながらも、花郎の隊士達は滞りなく訓練を続けていた。しかし休みなく体を動かしながらも、稽古相手との話題と言えば、元述郎の事ばかりだ。
「もうそろそろこっちに向かっているかなあ」
 訓練の合間の休憩時間に、水呑場で頭から冷たい水をかぶりながらそんな風に話をしている。
「魚河岸って遠いんだろ? いつ頃戻られるんだろうな」
「もしかしたら、昼前までかかるんじゃないか?」
 部隊の者達は連絡を受けた玄武《ヒョンム》から隊長の不在を聞いている。誰と一緒か、その理由も。
「英實殿なら巧くやってくれているだろうさ。俺たちは、隊長の留守をしっかり守っていればいいんだ」
 一晩のうちに全軍を飛び交った流言の数々は、当の元述を除いて花郎部隊の全員がほぼ把握している。そのための対策を、昨夜の内に話し合っておいたのだ。
 噂を知ったと言っても無論、面と向かって彼らの隊長のことを悪し様に言う奴はいない。だが、噂を流すほうも隊士全員の顔を見知っているわけではないので、ぺらぺら得意げにそれを吹聴している場所にたまたま花郎の隊士が通りかかった。尊敬する元述郎へのそんな暴言を聞き捨てにするはずも無く、危く乱闘騒ぎになる所を、幸い近くにいた士官の一人が思慮のある人物だったおかげで、上手くその場を収めてくれたのである。
 しかしその場は引き下がっても、名誉ある花郎部隊の一員として、そのような噂が流れている事実を見過ごすわけには行かない。部隊の士気にもかかわる問題だ。
 ここは年長の隊士達と相談しようという事になったが、それだけでは気の治まらない者が、元凶ともなった英實の所へ怒鳴り込みに行ったのである。おかげで、噂を彼も知る所となったのだが。
 作業場で元述と話した後、自室に戻って来て新発明の構想を練っていた英實は、すごい剣幕で飛び込んできた花郎の青年と彼の齎した情報に唖然としていた。
「何でそんな事になっちまってるんだよ?」
 英實自身にとっても寝耳に水である。まさか自分が持ち出した罰ゲームの話がそんな大事になってしまうとは、思いも寄らない展開だった。噂に尾ひれが付くと言っても、限度というものがあるだろうが。
 彼の部屋では両隣の目もあるし込み入った話が出来ないと思ったので、怒鳴り込んできた若い連中を引き連れて別棟の作戦室へと移動して来た。途中で玄武に声を掛け、他の主だった連中にも顔を出してもらう。
 精鋭を集めた部隊という性質から、花郎を構成する隊士は体力も万全な20代〜30代前半の若者が多かった。そしてそれよりも年嵩の者は、多くの実戦を積み技巧や胆力を磨きあげてきた者達で、血気にはやる若輩を抑え、まだ年若い隊長を補佐する立場に自然と回っていた。
「まったく、英實殿がいけないんですよ。隊長におかしなこと要求するから!」
 最初に部屋に怒鳴り込んできた隊士が、腹の虫が治まらない様子で責め立て、英實が渋い顔になる。
 八つ当たり気味のその青年を、若手の中でも冷静で弁の立つ玄武が窘めた。
「英實殿に当たるな、馬鹿もの。どう考えたって噂の方がおかしいんだ。それで俺たちが騒いだって何の解決にもならん。却って隊長の足を引っ張るだけだぞ」
 文句を言った青年がすみません、と言ってしゅんとなる。自分達の隊長を侮辱されて頭に血が昇っていたのだろう。英實は怒る気にはならなかった。怒るとしたらむしろ、つまらん噂を流した連中に対してだ。
「玄武の言うとおりだな。こういった手合いに対しては挑発に乗らずに捨て置くことだ。我々が徒に動揺した態度を見せれば、噂が本当だからではないかと疑う人間が出てくる可能性もある。そもそも諸君は、今回の風評によって上官を見る目が変わったか?」
 年長の者が玄武の言葉に同意を示してこう尋ねると、皆は憤慨したように声を上げて否定した。
「まさか! 我々は隊長の清廉な振る舞いを常に間近で見ているんですよ。そんな噂ごときで信頼を損なうことなどありえません!」
「そうです、〈郎〉の称号を得たからとて驕ることも怠けることもせず、さらなる精進をと日々鍛錬に打ち込む姿勢一つとっても尊敬できる方です! 浮ついたところなど何も無いのに、こんな噂ただのやっかみじゃないですか」
 実は剣に打ち込む以外に他の趣味を知らないからだとか、将軍に対する態度は充分浮ついているとか、突っ込みどころはあったが英實は黙っていた。話がややこしくなるし、それを差し引いてもあの友人の愚直なほどの真面目さは事実だったからだ。
 頷きながら話に割り込んだ。
「ま、そういうこった。発端となった俺が言うのも何だけどさ、お前らは気にせず普段通り堂々としてりゃいい。将軍の名前まで出てきてるんじゃ、いずれ噂は司令部の耳にも入ると思うぞ。そうしたら、あの抜け目の無い将軍の事だ、何の手も打たずに放っておくはずが無いさ。すぐにそんな駄法螺、誰も口に出来なくなる」
「そうでしょうか……」
 若い隊士達は未だ不満げな表情で英實の顔を窺っていた。
「でも、隊長を侮辱されるのは腹が立ちます」
「それにこの噂をご本人が耳にされたら、どれほどご心痛かと思うと……」
 英實は気楽そうに手を振った。
「大丈夫だろ、この手の中傷は昔からあったんだ。特に剣士としての評判が立つ以前は、あの容姿のせいで色々不愉快な目にも遭ってたようだし」
 むさ苦しい男所帯の軍隊に一人混じっている美貌の青年を思い浮かべ、その「色々」を想像した者達は動揺して英實に尋ねた。
「な、なんですかそれは。まさか実害があったわけじゃないでしょうね?」
 青ざめた面々を見回して、英實は慌てて首を振った。
「ないない、断じて無い。まー、邪な気をおこした奴はいたかも知れんけど、評判になってなかったってだけで剣の実力自体は昔から本物だったわけだし。なめてかかった相手は例外なく痛い目見てたからな」
 まあ今回は自分のこととは別に将軍がらみということで落ち込む可能性はあるが、と内心英實は独りごちる。そうなったらなったで浮上させるのに手間がかかるわけだが、その事をこいつらに話してもまたややこしい事態になるわけで……なにしろ、相手は軍人の頂点に立つ絶対的な存在といえども、花郎の隊士にとっては身近な憧れである元述郎に対しての方が心酔の度合いは深いのだ。下手なことを言って将軍に対する反感を持たせる事になったら、軍の統率という点から見てもまずいことになろうし、元述自身にとっても不本意な状況になるだろう。
 その辺の感情的な部分は元述個人の話だ。当事者同士で解決してもらうしかない。
 だから英實は花郎の隊士達にはことさらたいしたことでも無いように淡々と言葉を紡いだ。
「だからな、お前らもあんまり大げさに騒ぎ立てるな。堂々としてろ。どうせ本人の眼前では縮こまって目も合わせられん、陰でこそこそするしかできないような連中だ。あいつだって一人前の軍人なんだし、聚慎一の剣士に登りつめた今となっちゃ、そんな連中歯牙にもかけねえよ」
 噂の当事者でもある英實が深沈とした態度を見せることで、隊士達も次第に落ち着きを見せていった。もとより精鋭部隊として何度も修羅をくぐってきた彼等は、精神面でも並の兵士達よりも優れているはずなのだ。
「わかりました。とにかく我々は流言などに惑わされず、平常と変わらぬ態度でいれば良いのですね」
「そうそう。ここにいない連中にも根回ししておけよ。全員で足並み揃えてしっかり隊長をフォローしてやってくれ」
 全員が力強く頷いた。
 話がついたところで解散になると思った英實だったが、若い隊士達がなかなか動こうとせずになにやら物問いたげに自分を見ているのに気が付いた。年輩の隊士達もその様子を訝しく感じたのか、どうしたのだ、と声をかける。
 一人が躊躇いがちに手を上げて尋ねた。
「あの、英實殿は隊長とは旧知の間柄と存じておりますが、入隊以前から親交があったのですか?」
「あっ、それ! 俺もそれを聞きたかった!!」
 花郎の中でも若年に当たる連中がこぞって同意の声を上げた。英實は面食らって目を丸く見開く。
「ああ、うん。結構長い付き合いにはなるけど……」
 花郎の隊士達の間では、二人が仲の良い友人であることは周知の事実だが、交友関係がいつ頃から始まったのかまでは知らない。英實はともかく、元述が自分からあれこれ口にするタイプでない事もあって、個人的な事まで突っ込んで訊ねる勇気のある者はいなかった。
 だが、彼等にも好奇心はある。特に聚慎でも名の知れた武人である彼等が、どのように知り合い友情を育んできたのか。未だ知られぬ過去の逸話なども聞けるかも知れない。相手が英實ならば元述本人よりも幾分訊きやすかった。
「幼なじみとか?」
「いや。学部は違うが軍学校で一緒だったんだ。俺も奴も、ちょうど訓練生になったばかりの頃だったか……」
 訓練校に入学する年齢に上限は無いが、下はある程度の年齢になってからでなければ入学を許可されない。下限は13歳だが、身体検査や体力測定などで合格するボーダーラインは14〜5歳の辺りである。その年頃はちょうど少年の美しさが花開く盛りだ。その場にいた元述郎に心酔している若い連中は思わず身を乗り出した。
「聞きたいです!!」
「隊長は、どんな感じの少年だったんですか!?」
 あまりに勢い込んで来られるものだから、英實はちょっとたじろいで一歩後ろに下がった。
「や、どんなって……今とあんま変わんないぞ。素直で真面目な奴だった」
「もっと詳しく!!」
「立ち話もなんだから、座ってください!!」
 会議用の椅子をガタガタと三つも四つも引っ張ってくるものだから、英實はたちまち周りを固められて進退窮まってしまった。逞しい眉毛の下の目をぱちぱちさせて、恐ろしいほど熱心な顔つきで自分を取り囲む花郎の青年衆を見渡した。
 あの、みなさん、今日は何のためにお集まりで?
 助けを求めるように年輩の連中へ視線を向ければ、半ばこの展開を面白がっている様子で、笑みを浮かべ傍観の姿勢を見せている。
「よろしいではないか。聞けば英實殿は我らが隊長と何度も手合わせされたこともあるとか。訓練時代のお二人の武勇伝をお聞かせ願えれば、我らにも武人としてきっと得る物があるはず」
 とかなんとか言いながら、よっこらしょと床に腰を落ち着けてしまった。これは長話を聞く体勢だ。
 花郎の青年達はそれに倣うように、英實を中心にして半円の座を作った。昔話をせがむ童子のようになにやらきらきらした目で、そう年の変わらないはずの英實を見上げてくる。
「そんな、武勇伝なんて何もないって……」
 力無く笑いながら、英實は一同を見渡した。断固とした態度は彼が話してくれるまで絶対に席を立たないと、彼等の意思の強さを伝えてくる。こういうところは、上に立つ元述の頑固さにそっくりだ。部下は上官に似るもんなのね、と半ば諦めたように溜息をつく。
 そして結局、英實は彼等が満足するまで思い出話を聞かせる羽目になった。

 そんな紆余曲折はあったものの、昨晩のうちに連絡を取り合ったおかげで花郎達は噂に浮き足立つこともなく、平常通りに訓練に励んでいる。元述が夜稽古の最中でその場にいなかったこともあり、皮肉なことに知らぬは本人ばかりなりという状況が出来上がっていた。
「おい、元述郎様がお帰りになったようだぞ!」
 休憩中の仲間の所へ一人が報告に走って来た。
 昨晩から今朝にかけての騒動を知らない当の隊長は、自分の勝手で訓練を抜け出したことを心底申し訳なく思っている様子だった。元述郎のためならいかなる苦労も惜しまない気持ちでいる隊士たちは、その表情を見てさらに敬愛の情が深まった。迷惑をかけた事を詫びているのだろう、頭を下げる元述に、恐縮し慌てる玄武の姿を見ては、俺も元述郎さまに感謝されてえ! などと胸を震わせているのである。
 それどころか、元述郎に食事を作ってもらえる英實を羨ましいとさえ思った。
 無事に戻ってきた隊長を遠目に確認しながら、後でまた英實殿にいろいろ聞きに行こうと思っている者もいた。今日は何を作ってもらうんだろうな、俺だったらあれがいいな、そんな事を仲間と囁き合う。
 精鋭部隊の彼らといえども、殺伐とした軍隊生活の中で心を癒してくれる存在は他の兵士同様必要不可欠だ。味気ない鍛錬の日々に潤いと華やぎを与えてくれる存在、花郎の隊士たちにとって、元述郎こそがまさにそうだといえる。
 ようやく帰って来た月にも花にも等しい人を見て、やる気を増した彼らは今日も飽きもせずヤットウに励むのであった。



**********



 まだ微かに刺激臭が残っているが、昨夜の妙な発明品は片付けたようだった。兵舎の片隅、土を掘って柱を立て、板を張り壁を塗った単純なつくりの小屋の中で、二人の青年がそれぞれの作業に没頭している。
 むき出しの地面に筵を引いた床の上で図書館の本を睨んでいる元述と、竈の前にしゃがんで炭火を起こしている英實。明かり取りの窓から差し込む光が、ちらちらと舞う埃を海底のプランクトンみたいに見せている。二人とも貝のように無言でいたが、ややして元述がパタンと本を閉じ、言った。
「よし、覚えた」
「おお」
 英實が振り返り、差し出された本を受け取る。ぱらぱらとページをめくってチヂミのレシピを開くと、「じゃあ材料は飛ばして、作り方から一通り言ってみて」と促した。
「一、むきエビは1糎《センチ》幅、いかは1糎の角切りにし、アサリを洗って水気を絞る。二、にらは5糎の長さに切り、たまねぎはみじん切りにする。三、小麦粉を水で溶き、卵、ごま油、塩、砂糖、おろしにんにくと生唐辛子、一、二で刻んだ材料を加え混ぜる。四、フライパンに――」
 元述が暗記した料理の手順をすらすらと諳んじてみせた。図書館から借りてきた本を汚すわけにいかない。料理の最中にいちいちレシピを確認しようとすると、食材やら調味料にまみれた手で本を触ることになるから、最初に手順を全部覚えてしまうことにしたのだ。
「小麦粉を溶くときに加える水の量は?」
「三合」
「タマネギのみじん切りはどんくらい入れる?」
「大さじ2」
「包丁の握り方は?」
 作業台の上を指さして英實が問う。その上に用意されたまな板と包丁を見て、いつ用意したのかと首を捻りつつもとりあえず手にとった。記憶した図説の通りに握って英實に示す。向けられた白刃に怯みつつ、
「……何故か命の危険を感じてしまうんだが一応、正しい持ち方だな。よし、確認おわり!」
 膝を叩いて立ち上がると、英實は本を書棚に置いてなにやらごそごそと側の行李をあさり始めた。
「一応、前掛けとかするだろ? 俺が作業の時に使ってるやつでよけりゃ貸すから、好きな色選んでくれ」
「色?」
 首を傾げる元述の前に、機械油や薬品の痕が染み付いた布切れを三枚ばかり掲げて見せる。紺色と桃色と緑色。
「見た目は汚れてるけど、ちゃんと洗濯してあるから」
「……別に何色でも構わん」
 なげやりに言うと、英實は大仰にため息をついて首を振った。
「いかんぞ、元述。何でもいいってのは何にも選べないってのと同じことなんだ。好きとか嫌いとか自分の基準ってもんを決めておかないと、物事に行き詰った時に大事な選択を人任せにしなきゃならない羽目になる。あんだろ、好きな色ぐらい。とりあえずこん中でどれが良いかぐらい自分で決めろ」
 やけに強い調子で言われて、しぶしぶ元述は従った。たかが前掛けの色ぐらいで何故こんなに偉そうに指図されなければならないのか腑に落ちないものの、選ばなければ先に進ませてくれないらしい。
「……じゃあ、紺色」
 英實は頷いて紺色の前掛けを押し付けて寄越した。残る二着は行李にしまう。
 ていうかお前はふだんそのピンクも着ているのか、そうなのか。問い詰めたい気持ちを堪えながら元述は紺の前掛けを広げてみた。肩紐が斜交いになっていて、腰紐を後ろで結ぶタイプのやつだった。同系色で格子模様のポケットが付いており、胸元には黄色いひよこのアップリケまで付いている。無駄に可愛いデザインだ。
「………………」
「ちなみに、ピンクはわんこで緑は熊さんのアップリケだぞ」
「聞いてない」
 得意げな英實を冷たくあしらって、頭からかぶるようにして身に着ける。
 少し大きめの前掛けは、身体の前面を胸から膝下まで覆い隠した。汚れ作業で衣服を汚さないために、覆う部分が多めにできているらしい。がっしりした体格の英實には調度良いのだろうが、細身の元述には腰周りが微妙に余った。おまけに肩紐がゆるい。
 そう訴えられた英實は、今度は行李から鉢巻を一本引っ張り出してきて、両の肩紐を首の後ろで一つにまとめて結んでやった。本人に後ろが見えないのをいい事に、ちょうちょ結びに拵える。吹き出しそうになるのを堪えながら、自分に比べると華奢な両肩を分厚い掌でばしばし叩いた。
「よっし、上出来! それじゃあ早速、料理がんばって」
 しかめっ面の元述に爽やかな笑顔で手を振り、自分は高みの見物としゃれ込む。さっさと卓の前に座り込んでくつろぐ姿勢に入った英實をひと睨みして、元述は小屋の片隅にある小規模な厨房に立った。民家の台所としての体裁は整っているそこはしかし、人の口に入れる物を煮たり焼いたりするために作ったのではないのだろうなと、昨夜の事を思い出しながら推測する。
 とにかく先ずは材料を切らねば。エビとイカだ。最初はエビから行こう。
 買い出ししてきた材料の山から、エビの入った籠を見つけた元述は、しばらく難しい顔をしてそれを眺めていた。
 エビの入った籠を前にしゃがんで動かない元述に、何か不都合があったのかと英實は声をかけた。
「どうかしたか?」
「……英實、お前、エビにとどめを刺してこなかったのか?」
 非難するように言われ、一瞬何のことだか解らなかった英實だが、
「……ええ、まあ、新鮮な方が美味しいかと思いまして」
 そう答えると、元述はなにやら途方に暮れたような顔で、籠の中でぴちぴち跳ねている生きたエビを見下ろした。単純に「むきエビを1糎に切る」作業の何がそんなに難しいのかと考えた英實は、そこでようやく気が付いた。
「あー……エビに殻が付いたままだってか?」
 真剣に頷く元述を見て、英實は頭を抱えたくなった。「むきエビ」が「生きたエビ」である段階で既に手順に齟齬が出ているらしい。このぴょんぴょん跳ね回る生き物を「むきエビ」にするにはどうしようか、そんな事を思案しているようだ。
「取り敢えず息の根を止めてから殻を剥けばいいのかな……」
 ぶつくさ言っている。お前の言い方はいちいち物騒だ、と思いながら「それでいいんじゃね? その前に洗えば」と意見を添えてやる。それで納得した様子で、元述は流し場のたらいに水を張ってそこにエビを泳がせた。
 時折たらいから飛び出すエビに「逃げるな!」とか声を上げながらもどこか楽しそうな元述の後姿を見つつ、今日は昼飯抜きになるかもしれないなあと早くも覚悟を決める英實だった。